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金沢地方裁判所 平成8年(ワ)56号 判決 1998年11月06日

原告(反訴被告)

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

鳥毛美範

飯森和彦

被告(反訴原告)

株式会社アルフィックス

右代表者代表取締役

合田禧壽

右訴訟代理人弁護士

後藤次宏

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金一六四〇万八八四五円及びこれに対する平成四年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告(反訴被告)のその余の本訴請求を棄却する。

三  被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを二分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  (本訴請求)

被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金三二九四万円及びこれに対する平成四年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  (反訴請求)

原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)に対し、金九三七万四七九七円及びこれに対する平成四年一二月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  (争いのない事実)

1  被告(反訴原告)(以下「被告」という。)は、主務官庁の許可を受けた商品取引所所属の商品取引員で、商品先物市場での売買及び売買の受託等を業とする株式会社であり、平成三年から平成四年にかけてのころ、訴外古舘譲治(以下「訴外古舘」という。)は被告金沢支店の支店長、訴外森光義(以下「訴外森」という。)は被告金沢支店営業部次長、訴外下川裕(以下「訴外下川」という。)は被告金沢支店の営業員であった。なお、訴外下川は、平成六年ころ被告を退社している。

2  原告(反訴被告)(以下「原告」という。)は、別紙商品先物取引一覧表記載のとおり、被告を受託者として、平成三年四月九日から平成四年九月二五日までの間、東京工業品取引所における白金及び名古屋穀物砂糖取引所における小豆の各先物取引の委託を行い(以下「本件先物取引」という。)、被告に対し、委託証拠金として、現金合計二七七二万円及び住友金属鉱山の株式三〇〇〇株を預託した。

3  本訴請求は、原告が、本件先物取引において被告がなした不法行為により、合計三二九四万円(弁護士費用三〇〇万円を含む)の損害を被ったとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき、三二九四万円及びこれに対する不法行為の後である平成四年一〇月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

4  反訴請求は、被告が、原告との間で締結した本件先物取引に関する受託契約について、平成四年九月二五日受託契約終了により清算したところ、差損金が一二〇六万二二二四円(税込)が発生し、これに原告から委託証拠金として預託されていた現金五八万九七三六円、住友金属鉱山の株式三〇〇〇株を平成四年一一月二〇日に二〇〇〇株、同月二六日に一〇〇〇株それぞれ売却したことによる売却代金合計二〇九万七六九一円をそれぞれ充当した残額である九三七万四七九七円を清算金として、右受託契約の終了に基づき、右清算金元金及びこれに対する受託契約の終了の後である平成四年一二月二日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めている。

二  (争点)

1  被告の不法行為の成否(本訴請求関係の請求原因)

原告は、被告の不法行為の態様について、次のとおり主張している。

「(一) 取引開始前における勧誘行為についての違法性

(1) 危険性の説明義務違反

業界の自主規制基準を定めた商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項、受託業務指導基準、受託業務に関する規則、受託業務管理規則などにより、商品取引員は、商品先物取引の委託の勧誘に当たり、商品先物取引の仕組み及びその投機的本質について、顧客に十分に説明し、その危険性を開示することが求められているところ、訴外下川は、平成三年三月ころから四月にかけてのころ、原告に対して商品先物取引を勧誘するに当たり、商品先物取引の危険性を説明せず、その上司である訴外森も、原告が訴外下川に呼ばれて被告金沢支店を訪れた際、商品先物取引の危険性について説明をしなかった。

(2) 断定的判断の提供

商品取引所法九四条一項一号は、商品市場における取引について、顧客に対し、利益を生ずることが確実であると誤解させるような断定的判断を提供してその委託を勧誘することを禁止している。

ア 訴外下川は、平成三年三月ころから四月にかけてのころ、原告に対して白金の先物取引を勧誘するに当たり、「白金は、グラム当たり二〇〇〇円を越えるのは間違いない。絶対儲かるから安心して任せてくれ。証拠金は、お預かりするだけで、清算時にお返しするもので、全然心配いりません。」などと言って勧誘したことから、原告は、訴外下川の教示に従って白金の先物取引を行えば、安全に利殖できるものと信じた。

イ 訴外古舘は、平成三年五月ころ、原告に対して小豆の先物取引を勧誘するに当たり、「白金はこのままでは危ない。自動車の触媒の新材料の登場、為替相場の変動、円高の進行などで、大きな値上がりは見込めない。損金を取り戻すためには、穀物相場で取り返すしかない。私は、穀物相場を二〇年以上やっていて自信があるから、任せてくれ。」などと言って勧誘したことから、原告は、訴外古舘の教示に従って穀物の先物取引を行えば、安全に利殖できるものと信じた。

(3) 書面の事前交付義務違反

商品取引所法九四条の二は、商品取引員が、受託契約を締結するに際し、顧客に対し、受託契約の概要その他の主務省令で定める事項を記載した書面の事前交付を義務付けており、商品取引所の定める受託契約準則は、商品取引員が、顧客に対し、事前に書面を交付せずにその委託を受けることを禁止しているところ、原告は、平成三年四月九日の取引開始後に、訴外森から、商品先物取引の仕組みなどを記載した冊子を交付されたものであり、事前に所定の書面が交付されたことはなかった上、書面交付時においても、訴外森は、「これを説明すると一週間かかるから、説明したことにしてくれ。」などと言って、冊子に基づいて商品先物取引の仕組みなどを説明しようとはしなかった。

(二) 取引開始後における個々の取引の勧誘行為についての違法性

(1) 新規委託者保護義務違反

受託業務管理規則は、商品先物取引の経験のない委託者、商品先物取引の経験の浅い委託者又はこれらと同等と判断される者については、三か月間の習熟期間を設けて保護育成措置を講じることを求めており、被告の内規においても、新規委託者は、三か月間、原則として、二〇枚を超える取引はできないと定められているところ、被告は、原告をして、平成三年四月九日の第一回目の取引において、白金四〇枚の買玉を建てさせているもので、平成三年六月二四日時点で、建玉は、合計二〇〇枚に及んでいるもので、しかも、被告は、これらの取引に際して、新規委託者保護の規制があり、その制限取引量を超えて取引することについて何ら説明をしなかった。

(2) 一任取引

商品取引所法九四条一項三号は、商品取引員が、商品市場における取引について、顧客から、数量、対価、約定価格等その他主務省令で定める事項についての具体的指示を受けないでその委託を受けることを禁止し、同法施行規則三二条は、これらの事項を列挙しており、商品取引所の定款においては、顧客から包括的に委任を受け、又は右事項について顧客の具体的指示を受けないでその委託を受けることを禁止しているところ、原告は、商品先物取引の経験がなく、取引開始後も、商品の値動きを的確に予測するための情報を持たず、かつ、かかる情報を分析する能力もなかったことから、被告従業員の勧誘に従い、被告従業員に取引を一任していた。

(3) 過量取引

取引所指示事項は、委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な取引を勧めることを禁止しており、受託業務に関する規則は、商品取引員は、顧客である委託者の資産状況や先物取引等の経験等に照らし、明らかに不相応と思われる過度の取引が行われることのないよう適切な委託者管理を行うこととされているところ、被告は、原告をして、第一回目の取引において四〇枚の玉を建てさせたのをはじめとして、平成三年六月一日時点で一一〇枚、同年七月一日時点で一五〇枚、同年八月一日時点で一六〇枚、同年九月一日時点で二二〇枚の建玉をさせ、過量の取引を行わせている。

これらの取引の中には、被告においてもっぱら手数料稼ぎの目的で行ったと思われる次のような取引も含まれている。

ア 両建

受託業務指導基準は、委託者の意思に反しての同時両建又は引かれ玉を手仕舞いしないままでの両建等を勧めることを禁止しており、差損が出たときの両建についても、委託者にとっては、損勘定の認識を誤るおそれが強く、しかも引かれ玉の手仕舞いの時期の判断が難しく、また、反対建玉分の委託手数料を新たに負担せねばならない不利益もある反面、受託者にとっては、顧客との取引を継続して以後の取引の増加を期待することができるもので、委託手数料による収入も確保できるという利益があることから、濫用されやすく、委託者に不測の損害を被らせる危険があることから、商品取引員が両建を勧誘することを禁止しているところ、平成三年六月二一日の小豆の売玉三〇枚、同月二四日の小豆の売玉二〇枚、同年七月五日の小豆の売玉三〇枚、同月九日の小豆の売玉二〇枚、同月一二日の小豆の売玉三〇枚、同月一六日の小豆の売玉一〇枚、同年八月二日の小豆の売玉三〇枚、同月五日の小豆の売玉二〇枚、同年九月一一日の小豆の売玉九〇枚、同月一八日の小豆の売玉二〇枚、同月一九日の小豆の売玉一〇枚、同月二六日の小豆の売玉二〇枚、同月三〇日の小豆の売玉二〇枚、同年一〇月一四日の小豆の売玉三〇枚、同月一五日の小豆の売玉一〇枚、平成四年四月二〇日の小豆の売玉四〇枚、同年六月一一日の小豆の買玉二枚、同月一二日の小豆の買玉一八枚、同年七月二日の小豆の買玉二〇枚、平成三年六月一七日の白金の売玉四〇枚、同年八月二三日の白金の売玉二〇枚、同月二八日の白金の売玉二〇枚などの各建玉は、いずれも両建の取引であった。

イ 売直し、買直し

同一商品につき、既存建玉を仕切るとともに、同一方向の注文をする取引である売直し、買直しは、顧客に手数料を余計に負担させるものであるところ、これに該当する取引としては、平成四年七月二日に小豆の買玉二〇枚を仕切り、同日買玉二〇枚を建てたものがある。

ウ 途転(ドテン)

同一商品につき、既存建玉を仕切るとともに、反対方向の注文をする取引である途転(ドテン)は、これを反復した場合、損金を発生する危険が高いものであるところ、これに該当するものとして、平成三年七月一九日に小豆の売玉三〇枚を仕切り、同日買玉三〇枚を建て、同年八月五日に小豆の買玉一二〇枚を仕切り、同日売玉二〇枚を建て、同年九月二六日に小豆の買玉二〇枚を仕切り、同日売玉二〇枚を建て、平成四年六月一二日に小豆の売玉二〇枚を仕切り、同日買玉二〇枚を建てたものがある。

エ 不抜け

委託手数料以下の利益しか捻出できない建玉を仕切ることを不抜けと称し、もっぱら手数料稼ぎの目的で行われるものと理解されるところ、これに該当するものとして、平成四年七月二日に小豆の買玉二〇枚を建て、同年八月一九日に一〇枚を仕切ったものがある。

(4) 無敷薄敷

商品取引所法九七条一項は、商品取引員は、商品市場における取引の受託について、主務省令で定める場合を除き、委託者から委託手数料を徴し、担保として委託証拠金を徴しなければならないと定め、これを受けて受託業務指導基準は、委託証拠金は、担保としての意義のほか、委託者に対して建玉の継続に対しての判断材料を提供し、過当投機を抑制し、委託者を保護する目的をも持つものであることから、委託証拠金が欠如しているか、又はこれが不足している状態で取引を受託することを禁止しているところ、平成三年六月一七日の白金の売玉四〇枚を建てた取引は、委託証拠金が明らかに不足している状態でされたもので、平成四年七月二日の小豆の買玉二〇枚を建てた取引も、委託証拠金を預からないままにされたものであった。

(5) 仕切拒否

商品取引所法九四条一項四号、同法施行規則三三条一号は、商品取引員において、委託証拠金の返還、委託者の指示の遵守その他の委託者に対する債務の全部又は一部の履行を拒否したり、あるいは不当に遅延させたりすることを禁止しており、取引所指示事項は、委託者の手仕舞い指示を即時に履行せずに新たな取引を勧めるなど、委託者の意思に反する取引を勧めることを禁止しているところ、原告は、平成三年七月ころ、被告に預託した委託証拠金が合計一二五二万円に達し、自己名義の預金も底をついてきたので、訴外森に対し、「この辺で取引をやめなければならない。」と伝えたのに対し、訴外森から、「今やめれば損金の清算だけで終わってしまう。しかも、本社管理部が取立てに来て大変なことになる。相場は必ず上がるので何とか用意して続けて損金を取り返すべきだ。必ず取れる。」などと勧められ、訴外古舘からも、「小豆の相場で一〇〇〇万円や二〇〇〇万円の負けはなんでもない。ものの一週間か一〇日ほど相場が上がれば簡単に取れる。心配しないで任せてくれ。」などと勧められたことから、取引を継続したものであり、被告の営業担当者は、原告が資金的に限界に達した状態にあることを認識しながら、原告の意思に翻意させるべく取引の継続を不当に勧誘し、損害を拡大させたものである。」

被告は、原告主張のうち、不法行為に該当する事実があったことを否認し、その法律上の主張についても、これを全面的に争っている。

2  被告の清算金請求の可否(反訴請求関係の抗弁)

原告は、「被告は、原告に本件先物取引を勧誘するに当たり、本訴請求関係で主張したとおりの不法行為を行ったものであり、本件先物取引についての受託契約に基づく清算金の請求は、信義則に反して許されない。」旨主張しているところ、被告は、これを全面的に争っている。

第三  争点に対する判断

一  証拠によれば、次の各事実が認められ、これに反する証人下川裕及び同古舘譲治の各証言は信用できない。

1  原告(昭和一五年三月三一日生)は、公立高校普通科を卒業後、画家を目指していた修業時代を経て、デザイン会社に就職し、広告代理店、印刷会社を経て、昭和六三年ころ、企画、デザイン、印刷などを業とする有限会社トーショーを設立し、以後、同社の経営者であるところ、本件先物取引以前には先物取引の経験はなく、証券取引についても原告の妻において多少経験があったものの、原告本人には経験がなかった。(甲三、原告本人)

2  原告は、平成三年三月ころ、被告の従業員から、電話による先物取引の勧誘を受け、これに興味を示したことから、被告金沢支店の営業員であった訴外下川(昭和三五年七月九日生)から、二回にわたって電話で先物取引の勧誘を受けたところ、訴外下川からは、白金の値段の上昇が期待できるとして白金の先物を買うよう勧められ、同月末ころには、原告の経営する会社の事務所に訴外下川の訪問を受けた。(甲三、乙二二、証人下川裕、原告本人)

訴外下川は、最初の訪問の際に、白金の先物についての価格変動の要因などを説明し、湾岸戦争後でアメリカの景気は戦後復興による回復が見込まれ、平成三年五月ころから白金の値段がグラム当たり二〇〇〇円に上がるのは、ほぼ間違いないなどと言って、白金を買うように強く勧めるとともに、先物取引の仕組みについて、手書きのメモにより、白金の先物取引における取引の単位、委託証拠金、手数料、追証拠金、商品の値動きによって生じる損益の計算方法などを簡単に説明したものの、商品先物取引の危険性については、相場の変動により損金が出ることの一般的説明をしたのみで、商品先物取引においては、元本の保証がなく、ハイリスク・ハイリターンの取引であって、投機性が極めて高く、価格変動の要因が複雑で、相場の予測は専門的知識を有する者においても、困難であることなどについては、説明しなかった。(甲三、乙九の1ないし8、二二、証人下川裕、原告本人)

訴外下川は、平成三年四月八日、原告のもとを訪問して原告と二度目の面談をなし、原告に対し、白金の市場動向を再度説明し、二、三か月後には白金の値段がグラム当たり二〇〇〇円に上昇するとの予測を力説し、白金の買建てを強く勧めたところ、原告は、訴外下川に対して、先物取引の委託をする意思を示し、実際に取引を何時開始するかについては資金の工面次第であると言ったことから、訴外下川は、原告が先物取引の委託をしてくれるものと考えた。(甲三、原告本人、弁論の全趣旨)

3  訴外下川は、平成三年四月九日の午前中に、原告に対し、電話で白金四〇枚の買建てをすることを勧誘したところ、原告がこれを承諾したことから、白金①(以下、別紙先物取引一覧表記載の番号によって各取引を示す。)の取引を成立させるとともに、原告に対し、商品先物取引の委託契約を締結するために必要な事務手続と委託証拠金の集金のために、被告金沢支店を訪問してくれるよう要請した。(甲三、乙四の1、原告本人)

原告は、同日、被告金沢支店を訪問し、訴外下川の求めに応じて、被告に商品先物取引の委託する旨を記載した約諾書に署名押印してこれを提出するとともに、委託証拠金として、二五二万円を預託したところ、訴外下川は、原告に対し、商品先物取引についてのガイドブックである「商品先物取引―委託のガイドー」と商品取引所で定めている受託契約についての契約準則を記載した「受託契約準則」の各冊子を交付したものの、冊子の内容についての改めての説明はしなかった。(甲三、乙一ないし三、八の1、証人下川裕、原告本人)

ところで、商品取引所の定める受託業務管理規則は、商品先物取引の経験のない委託者、商品先物取引の経験の浅い委託者又はこれらと同等と判断される者については、三か月間の習熟期間を設けて保護育成措置を講じることを求めており、被告の内規においても、新規委託者は、三か月間、原則として、二〇枚を超える取引はできないと定められ、これを超える取引を受託する場合には、委託者の資金力、取引経験などを考慮し、あらかじめ支店長等の許可を得ることとされているところ、訴外下川においても、白金①の取引前に訴外古舘の許可を受けているものの、原告の先物取引に投資し得る資金力の程度、先物取引の仕組みとその危険性についての理解の程度、株式取引等の経験の有無などについて、明確な確認をしなかった。原告は、本件先物取引に開始に当たり、自己名義の預金として、一〇〇〇万円程度を有していたもので、先物取引の資金として自由に動かせるのは、その程度であった。(甲二、三、証人下川裕、原告本人、弁論の全趣旨)

なお、被告からは、訴外古舘作成の平成三年四月八日付建て玉調書(乙二四)が提出されており、これには、原告が貴金属全般で一〇〇枚程度の取引を希望しており、原告の投下余裕資金が二〇〇〇万円程度で、長年株式取引を経験し、日経新聞等を購読し、先物取引の内容等も十分理解しているとされ、訴外古舘において、一〇〇枚程度の取引が妥当であると認めた旨記載されているところ、かかる書証は最終弁論時に提出されたものであり、証人下川裕の証言などに照らしても、後日作成されたものである疑いが濃厚である上、原告の投下余裕資金が二〇〇〇万円程度としている点は、原告の証拠金調達の状況に照らしても、明らかに現実離れしたものであり、長年株式取引の経験があるとされている点についても、これを認める証拠はなく、到底信用できないというべきである。

4  原告は、その後、訴外下川から、事前の予測に反して白金の値段が下落しており、白金①の取引について損金が発生しているとの報告を受けたことから、先行きが心配になり、しばらくして被告金沢支店を訪問したところ、訴外下川とその上司である訴外森の両名から、「白金は世界的に見て産出量が少なく、貴金属としてだけではなく、自動車の触媒などの工業利用が多く、いずれ値上がりするので心配はない。」などと説明を受けたことから、いったんは安心したものの、その後も、白金の値段が下落を続けたことから、平成四年五月二〇日ころ、事情を問い質すべく被告金沢支店を再度訪問した。なお、訴外下川は、平成三年四月末ころ、原告に対し、東京商品取引所における平成三年四月中ごろまでの白金の先物の値動きを記載した白金先物日足を示すなどして、同年五月ころから白金の値段が値上がりし、グラム当たり二〇〇〇円程度になるとの説明を繰り返していた。(甲三、五、乙七の1、証人下川裕、原告本人、弁論の全趣旨)

原告は、平成四年五月二〇日の訪問時、支店長である訴外古舘から、「白金は、このままでは危ない。自動車の触媒の新材料の登場、為替相場の変動、円高の進行などで大きな値上りは見込めない。」などと白金の市況について悲観的な説明を受けた上、「損金を取り戻すためには、穀物相場で取り戻すしかない。私は、穀物相場を二〇年以上やっていて自信があるから、任せてくれ。」などと言われたことから、訴外古舘の勧めに応じて小豆の先物取引を開始する気持ちになり、これを承諾し、訴外古舘から勧められるまま、小豆二〇枚の買建ての委託をなし、同月二三日、被告に対し、委託証拠金として、一二〇万円を預託したところ、訴外古舘は、同日、小豆①②の取引を成立させた。訴外古舘は、原告に対し、小豆の先物取引を勧誘するに当たり、白金の先物取引との異同などについて、詳しい説明はしなかった。(甲三、乙四の2、八の4、二一、証人古舘譲治、原告本人、弁論の全趣旨)

5  原告は、平成三年五月二八日、訴外古舘から、電話で「小豆の相場が上がったので、今処分すれば利益が出る。」などと勧められたことから、訴外古舘に勧められるまま、小豆①②の取引を仕切ってもらったところ、六四万〇一九二円の利益が出たとの連絡を受けた。(甲三、乙四の2、原告本人)

原告は、平成三年五月二九日、訴外古舘から、「小豆相場はこんなものですから、大きく取るためには、もっと大きく買うべきだ。」などと勧められたことから、訴外古舘の言う通りに取引をしていれば、白金での損金も回復できるものと考え、同日、訴外古舘から勧められるまま、小豆七〇枚の買建てを注文し、委託証拠金として、四八〇万円を預託した。(甲三、乙四の2、八の3、原告本人)

6  原告は、その後、白金のみでなく、小豆の値段も下落しているとの報告を受けたことから、平成三年六月に入り、被告金沢支店を訪問したところ、訴外古舘から、「帳面上は赤字となっているが、心配することはない。相場は戻るし、戻れば、すぐに消えてしまう。」などと言われたことから、訴外古舘の言葉を信じ、同月六日には、訴外古舘からの求めに応じて、追証拠金として、二〇〇万円を預託した。(甲三、乙四の2、七の2、二一、原告本人、弁論の全趣旨)

原告は、同月中ごろ、訴外森からの呼出を受けて被告金沢支店を訪問したところ、訴外古舘と訴外森の両名から、「白金などの相場が下がり続けていることから、損害を大きくしないために、売り買いの両建にしなければならない。」などと言われたことから、これを信じ、訴外古舘から勧められるまま、白金四〇枚の売建てと小豆三〇枚の売建てを注文し、同月二〇日、委託証拠金として、二〇〇万円を預託した。(甲三、乙四の2、八の5、原告本人、弁論の全趣旨)

7  原告は、平成三年六月二〇日までに被告に対し委託証拠金として合計一二五二万円を預託したことで自己名義の預金が底をついてきたことから、平成三年七月に入り、訴外森に対し、自己資金が底をついてきたことを説明し、「この辺で取引をやめなければならない。」旨話したところ、訴外森からは、「今やめれば、損金の清算だけで終わってしまう。相場はいずれ上がるので、なんとか資金を用意して続けて損金を取り返すべきだ。」などと言われ、訴外古舘からも、「小豆の相場で一〇〇〇万や二〇〇〇万の負けはなんでもない。一週間か一〇日ほど相場が上がれば取り返せる。」などと言われたことから、これらの言葉を信じ、取引を継続することにし、同月二二日には、訴外古舘などからの求めに応じて、一八〇万円を預託した。(甲三、乙七の3、八の7、原告本人、弁論の全趣旨)

8  原告は、平成三年七月以降、資金難で訴外古舘などから要求される証拠金の調達が極めて困難な状態になっていたことから、先物取引を終了させたいと思っていたものの、訴外古舘などから、このまま取引を終了させると、損金の清算になるだけであると言われ、さらに、追証拠金を出さないと、被告本社において、建玉を全て処分することになり、損金の取立てを厳しく受けることになると言われ、なんとかして資金を調達して取引を継続するよう繰り返し勧められたことから、仕方なく取引を継続していたものの、資金の調達は容易ではなく、平成三年七月以降、証拠金等(帳尻損金を含む)の支払の遅延が恒常化していたもので、平成三年八月二三日に一二〇万円を、同月二八日に原告の妻が所有していた住友金属鉱山の株式三〇〇〇株を、同年九月六日に二〇〇万円を、同月二七日に原告の娘名義の預金を解約して四〇〇万円を、それぞれ預託したのが精一杯であったところ、平成三年八月下旬ころからは、訴外古舘に求められて、支払の遅延している証拠金等について、期限を定めて支払う旨の確約書を差し入れるようになった。(甲三、八の8ないし11、一〇ないし一二、原告本人、弁論の全趣旨)

9  原告は、平成三年九月末ころ、訴外古舘から、取引を継続するためには、値洗差損の生じている建玉の一部を仕切り、その帳尻損金を清算しなければならないと言われ、原告が預託していた証拠金の中から、六二八万七八二〇円を帳尻損金に充当することについての同意を求められたことから、これを承諾したほか、訴外古舘から求められて、同年一一月一五日には、原告の妻名義の預金から一〇〇万円を、平成四年一月一三日には、原告の妻名義の預金から四〇〇万円を、同年六月二五日には原告の経営する会社の売上から五〇万円を、同年七月一〇日にも五〇万円を、同年八月二八日にも二〇万円をそれぞれ支払った。(甲三、乙八の12ないし14、17ないし19、原告本人)

原告は、平成四年二月以降、妻子の預金等を含め、自己資金がほぼ完全に底をついたところ、訴外古舘ら被告金沢支店の営業員から、損金の回復を図るためには、本件先物取引における証拠金の不足分と建玉の仕切りによって生じた帳尻損金の支払をして取引を継続する必要があると言われ、その言葉を信じて、金融機関に融資の申込みをしたり、あるいは、親族との共有名義の土地建物を売却して資金を調達しようとしたものの、結局、資金作りができなかったことから、平成四年九月二五日をもって本件先物取引を終了する事態となった。(乙四の3、一三ないし一六、証人古舘譲治、原告本人)

10  原告は、平成四年九月一四日、金沢ロイヤルホテルにおいて、訴外古舘から、証拠金の入金がないままに取引を受託していたことから、これが公になると、自分達の取引員の資格がなくなるなど、大変なことになり、損金についても、自分達で会社に弁済しなければならないことになるなどと言われ、原告において分割払することを約束する書類に署名押印してくれるよう求められたことから、訴外古舘の差し出した書類に署名押印することがあった。(甲三、乙一七、一八、原告本人)

11  本件先物取引の内容を見ると、白金については、平成三年四月九日の白金①に購入した買玉四〇枚が、価格の持続的下落により、限月である平成四年二月まで仕切られなかったもので、平成三年六月一七日、反対玉として、白金②③(白金の売建て四〇枚)の取引を行って両建にして損金を固定しようとしたと考えられるところ、白金③を平成三年七月二日に、白金②のうちの一〇枚を同月一五日にそれぞれ仕切って両建をいったん解消したもので、しかも、いずれの仕切分も損金を生じており、かかる時期に反対玉を仕切った理由は明らかでない。さらに、白金②のうちの二〇枚については、同年八月六日と同月八日に仕切られ、一二六万〇一四七円の利益を生じているが、白金①は、放置されたままで、同月二三日と同月二八日に、反対玉として、白金④⑤(売建て四〇枚)の取引をなして再び両建に戻しているものの、かかる二度の両建により、原告は、手数料を余計に負担することになった上、白金①の買玉四〇枚を放置したまま、両建を途中でいったん解消し、売直しをしたことから、損金の固定という本来の目的は十分には生かされなかった。(乙四の1、弁論の全趣旨)

小豆については、小豆①②については、平成三年五月二八日に全枚が仕切られ、六四万〇一九二円の利益を生じているものの、同月二九日にされた小豆③④(買建て七〇枚)は、価格の持続的下落により、そのほとんどが限月である同年一一月まで仕切られなかった。(乙四の2、3、弁論の全趣旨)

小豆⑤から⑩までは、小豆③④の反対玉で両建になっているものの、これらは、いずれも短期間で仕切られていることから、損金を固定させる目的ではなく、短期間での仕切りによって利殖を目的としたものであったと考えられるところ、⑦から⑨までは、損金を生じており、かかる時期に反対玉を仕切った理由は明らかでない。小豆⑰⑳も、小豆③④の反対玉で両建になっているところ、限月までの期間が短く、かつ、値段が低くなってからの売建てであり、損金を固定させるどころか、損金を拡大する結果になっているだけである。(乙四の2、3、弁論の全趣旨)

限月を平成三年一二月とする小豆⑪⑫⑮⑱は、いずれも短期間の仕切りで利殖を狙ったものであったと理解されるところ、このうち、は、限月近くの取引で、かつ、値段が低くなってからの売建てであり、損金が出る結果になっている。(乙四の2、3、弁論の全趣旨)

限月を平成四年一月とする小豆⑬⑭⑯⑲も、いずれも短期間の仕切りで利殖を狙ったものであったと理解されるところ、⑲は、二日後に仕切った結果、損金を生じており、かかる時期に仕切った理由は明らかでなく、(売建て三〇枚)は、価格の上昇から、そのほとんどが限月まで仕切られなかった。(乙四の2、3、弁論の全趣旨)

限月を平成四年二月とするは小豆(売建て一〇枚)も、短期間の仕切りで利殖を狙ったものであったと理解されるところ、価格の上昇から、限月まで仕切られなかった。限月を平成四年三月とする小豆も、短期間の仕切りで利殖を狙ったものであったと理解されるところ、(売建て二〇枚)は、価格の上昇から、そのほとんどが限月まで仕切られなかった。限月を平成四年四月以降とする小豆からまでについても、短期間の仕切りで利殖を狙ったものであったと理解されるところ、買建てであるは、価格の下落から、売建てであるは、価格の上昇から、いずれも限月近くまで仕切られなかった。(乙四の2、3、弁論の全趣旨)

12  本件先物取引の取引量を見ると、取引開始時に白金四〇枚の買建てがなされたのを皮切りに、別紙商品先物取引一覧表の「第4 取引量の推移」記載のとおり、平成三年五月には、新規建玉小豆九〇枚、仕切玉小豆二〇枚、翌月以降に継続した建玉白金四〇枚、小豆七〇枚、平成三年六月には、新規建玉白金四〇枚、小豆五〇枚、仕切玉小豆五〇枚、翌月以降に継続した建玉白金八〇枚、小豆七〇枚、平成三年七月には、新規建玉小豆一二〇枚、仕切玉白金二〇枚、小豆九〇枚、翌月以降に継続した建玉白金六〇枚、小豆一〇〇枚、平成三年八月には、新規建玉白金四〇枚、小豆一二〇枚、仕切玉白金二〇枚、小豆八〇枚、翌月以降に継続した建玉白金八〇枚、小豆一四〇枚、平成三年九月には、新規建玉小豆一六〇枚、仕切玉小豆九五枚、翌月以降に継続した建玉白金八〇枚、小豆二〇五枚と、取引量は多量であった(乙四の1ないし3)

このように取引が多量となったのは、取引開始当初の二か月の間に、訴外下川において、白金の買建ての取引を、訴外古舘において、小豆の買建ての取引を、それぞれ多量に原告に勧誘したところ、利食いをした一部の建玉を除き、その価格が持続的に下落したことから(因果玉の発生)、損金を生ずる事態となったことに対し、訴外古舘などにおいては、値洗差損を生じている建玉を放置したまま、新規に多量の建玉をして短期間での利食いにより利益を確保し、損失を回復しようと考え、原告に多量の取引を頻繁に勧誘したものの、新規の建玉から、更に値洗差損を生じる建玉を生じ(因果玉の増大)、また、値洗差損が多額になった建玉については、損金を固定するために必要であるとして、原告に両建を勧め、反対玉を建てさせておきながら、その反対玉について、利が乗るや、目先の利益にとらわれて、方針を変更し、引かれ玉となっている因果玉を放置したまま、反対玉を仕切って利食いをし、更に短期間のうちに再び反対玉を建てて両建にさせたりしたことから、かえって損金の増大を招くという事態となり、こうした悪循環を繰り返したことによる結果であった。原告においては、商品先物取引の経験がなく、相場の予測ができるような知識もなかったことから、個々の売り買いの取引については、全て訴外古舘ら被告金沢支店の営業担当者の勧誘に従っていたものであるところ、委託証拠金の出入状況などに照らしても、こうした多量の取引が、委託者である原告の資金力等を無視した訴外古舘ら被告金沢支店の営業担当者の勧誘によって行われたものであったことは明らかである。(甲三、乙四の1ないし3、原告本人、弁論の全趣旨)

13  本件先物取引における委託証拠金の出入状況を見ると、別紙商品先物取引一覧表の「第3 委託証拠金の出入状況」記載のとおりであり、これを本件先物取引の推移と対比すると、平成三年六月一七日の白金②③の取引については、明らかに委託証拠金の入金のないままに行われており、平成三年八月以降は、証拠金の不足が顕著であり、同年一〇月以降は、証拠金の入金は一切なく、帳尻損金の一部入金があるだけであることからして、平成三年八月以降の取引が、証拠金の欠如又は不足の状態のもとでなされていたことは明らかであるところ、原告において取引を継続したのは、訴外古舘などから、取引を終了すると損金を清算するだけになり、損金の回復のためには取引の継続が必要であると勧められたからであり、個々の取引についても訴外古舘ら被告金沢支店の営業担当者の勧誘に従ってなされたものであった。このような証拠金の欠如又は不足の状態のもとでの取引の継続の結果、かえって損金が増大する結果となっている。(甲三、乙四の1ないし3、五の1、2、原告本人、弁論の全趣旨)

ところで、商品取引所法九七条一項は、商品取引員は、商品市場における取引の受託について、主務省令で定める場合を除き、委託者から委託手数料を徴し、担保として委託証拠金を徴しなければならないと定め、これを受けて受託業務指導基準は、委託証拠金は、担保としての意義のほか、委託者に対して建玉の継続に対しての判断材料を提供し、過当投機を抑制し、委託者を保護する目的をも持つものであることから、委託証拠金が欠如しているか、又はこれが不足している状態で取引を受託することを禁止していることは、原告の指摘のとおりである。

二  被告の不法行為の成否について

商品先物取引は、元本の保証がなく、かつ、価格のわずかな変動により多額の損益を生じ得るもので、投機性が極めて高いものであり、株式の信用取引などと対比しても、より投機筋の介入による過当投機のなされる可能性が高く、また、先物商品の価格の変動要素は極めて複雑なもので、予想困難な要因に依存する面も強く、相場の仕組みを熟知し、豊富な情報を有する専門家においてさえ、相場の動向を的確に予測することには困難を伴うものであることは、周知の事実であり、商品取引員は、顧客に対して、商品取引所法はもとより、取引所の定める受託契約準則など、自主規制基準を誠実に遵守することにより、顧客の利益を保護すべき注意義務を負うものである。

前記認定事実によれば、訴外下川は、商品先物取引を勧誘するに当たり、一応は、先物取引の仕組み、損益の計算方法、白金の市場動向などについて説明しており、先物取引の危険性についても相場の変動により損金が出るという程度のことは述べているものの、先物取引が、現物取引に比してハイリスク・ハイリターンの取引であり、投機性が極めて高く、専門的知識を持つ者にとっても、相場の動向を的確に予測することが困難なものであることについての説明などはしていなかったもので、商品先物取引の危険性の告知としては、不十分なものであったこと、訴外下川においては、原告に対し、白金の先物取引を勧誘し、その取引を受託するに当たり、白金の値段が上昇することは間違いない旨を再三にわたって力説し、訴外古舘においても、原告に対し、小豆の先物取引を勧誘し、その取引を受託するに当たり、自己の経験の豊富さを強調し、任せてくれれば、大丈夫であるなどと直言し、それぞれ安易に、委託者に利益の確保がさも確実であるかのように期待させる言動をなして勧誘していたものであって、危険性の告知の不十分さと総合考慮すると、先物取引の危険性についての認識を誤らせる態様の勧誘方法であったと評価し得ること(先物取引の危険性についての説明義務違反)、訴外下川と訴外古舘の両名ともに、原告が先物取引の経験を有しない新規委託者であることを認識しながら、先物取引に投資し得る資金力の程度、先物取引の仕組みとその危険性についての理解の程度、株式取引等の経験の有無などを明確には確認しないまま、取引開始時より、多量の取引を勧誘しており、新規委託者の保護育成に著しく欠けるものであったこと(新規委託者保護義務違反)、訴外古舘などにおいては、本件先物取引の取引開始から二か月内に取引した多量の建玉の中から、事前の相場予測がはずれ、値洗差損を抱える建玉が生ずるや、こうした建玉を放置したまま、かつ、委託者である原告の資金力を顧みることなく、損金を回復するためであるとして、更に多量の新規の取引を勧誘して、取引量を増大させ、これにより、ますます値洗差損を抱える建玉を増加させ、更なる損金の拡大を招くという悪循環に陥りながら、多量の新規の取引の勧誘を継続し、あるいは、値洗差損の拡大した建玉について、損金の固定を図るために必要であるとして、両建を勧め、反対玉を建てさせながら、これに利が乗るや、引かれ玉を放置したまま、反対玉をいったん仕切ることを勧め、これを仕切らせた後、短期間のうちに再び反対玉を建てて両建にすることを勧め、これによって、かえって損金を増大させる結果を生じさせたりしていること(委託者の資金力を無視した過量取引を勧誘したことによる委託者保護義務違反)、平成三年六月ころから、委託証拠金の入金のないまま受託して取引を成立させたものが散見されるところ、平成三年八月ころからはこれが恒常的になっているもので、そのころから、訴外古舘ら被告金沢支店の営業担当者においては、既になした多量の取引によって委託者である原告が資金ショートに陥っており、それ以上の委託証拠金の負担能力に欠けていることを認識しながら、かつ、委託証拠金の欠如又は不足の状態のもとで、新規取引を含め、取引を継続させており、これによって更に損金が拡大したこと(無敷薄敷の状態のまま営業担当者の主導のもと新規取引の受託を繰り返したことによる委託者保護義務違反)などが認められるのであり、これら一連の被告金沢支店の営業担当員による勧誘行為は、委託者である原告の利益を侵害する社会的に違法なものであって、一体として不法行為を構成するものというべきである。

そこで、被告の違法な勧誘行為によって原告の受けた損失を検討すると、委託証拠金として支払った現金二七七二万円と住友金属鉱山の株式三〇〇〇株であり、後者は、二〇九万七六九一円で売却処分されているところ、右株式を失ったことによる損失は、右金額を下回るものではないから、結局、合計二九八一万七六九一円となる。

しかしながら、前記認定事実からすると、委託者である原告においても、会社の経営者として相応の社会的知識、経験、判断能力を有していたものであり、冷静に判断すれば、先物取引が危険性の高い投機的取引であり、しかも相場の変動を予測して利益を得るには多くの専門的知識を要することは、容易に理解し得たはずであって、取引開始の当日には、ガイドブック等の冊子の交付も受けていたこと、それにもかかわらず、原告は、被告金沢支店の営業担当者の勧誘を鵜呑みにして取引を拡大あるいは継続し、委託証拠金を追加していったものであって、取引量が多くなればなるほど、リスクも増大することは自明の理であり、自己責任の原則に則り、主体性をもって判断することにより、取引量の増大を回避し、あるいは、早期に手仕舞いして、損害額を少額にとどめることはできたはずであって、こうした原告の態度が、損害の発生及び拡大に相当な一因を与えていることも否定できないというべきであり、かかる原告の過失を斟酌すると、原告が受けた右損失のうち、五割について、過失相殺を行うのが相当である。なお、過失相殺の右割合については、被告の反訴請求を棄却することを含めて斟酌した結果である。

そうすると、原告の右損失のうち、被告に対して請求できる損害額は、一四九〇万八八四五円となり、これに弁護士費用として一五〇万円を加えた一六四〇万八八四五円を、被告において賠償すべきである。

三  被告の清算金請求の成否

前記認定にかかる本件先物取引の経過、特に、被告金沢支店の営業担当者において、基本契約の締結時から、商品先物取引の危険性についての説明義務違反による違法な勧誘行為があり、個々の売り買いについての受託時にも、新規委託者の保護義務違反、過量取引を勧誘したことによる委託者保護義務違反、無敷薄敷の状態のもと被告金沢支店の営業担当者主導で新規取引の受託を繰り返したことによる委託者保護義務違反などの違法な勧誘行為が多数あったもので、これらの行為が一体として不法行為と評価されるものであり、このうち、清算金請求にかかる取引は、平成四年になってからのもので、原告が深刻な資金難に陥り、証拠金の調達が困難になってから既に相当の期間が経過しており、訴外古舘ら被告金沢支店の営業担当者においてはそのことを十二分に認識しながら、証拠金が欠如又は不足している状態のもとで敢えて取引を行っていたことなど、本件に現われた一切の事情を考慮すると、被告が、原告に対し、本件先物取引の受託契約に基づいて、清算金の請求をすることは、信義則に反して許されないものと解するのが相当である。

四  結論

以上の事実によれば、原告の本訴請求は、主文認容の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、被告の反訴請求は、理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官田近年則)

別紙商品先物取引一覧表<省略>

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